私が超高圧ウォータージェット工法に出会ったのは、もう40年あまり前のことになります。当時、大阪の鉄を作る会社で働いていた私は、その会社が新規事業として始めた超高圧水技術の、市場開拓を任されました。日本ではほとんど知られていない技術でしたが、ドイツやアメリカではコンクリートのはつりに使われている——新しい可能性のある分野だったのです。
しかし、当時の日本には需要そのものがほぼありませんでした。それでも、建築外壁や石の洗浄、塗装の剥離等、身近に役立つ用途から始めて、全国を歩きました。国会議事堂の洗浄も、この手で手がけたうちの一つです。
鉄道車両の塗装剥離、造船所の塗膜除去、火気厳禁のプラント解体、そして阪神・淡路大震災の復旧工事——一つひとつの現場が、この仕事が「他では替えがきかない専門技術」であることを、私に教えてくれました。
そうして7年あまりの準備期間を経て、平成5年(1993年)、私は超高圧ウォータージェット工法だけを生業とする会社として、北九州に株式会社サンテックを立ち上げました。日本ウォータージェット施工協会の設立にも、最初から関わってきました。この一本に絞って40年、毎日切磋琢磨しながら、やってまいりました。
超高圧一本で、40年。
日本でこれができる会社が、どれほどあるか。
私たちは、その誇りを持って仕事をしています。
全国を見渡しても、超高圧水だけで勝負している会社は、おそらく私たちだけです。塗装も足場も持たず、ウォータージェット一本で挑む。だからこそ磨かれた職人技と精度があり、だからこそ他社では断られた現場でも、私たちは引き受けられる。私はそう信じています。
この40年で、私たちが何よりも大切にしてきたのは、「信頼と信用」です。お客様が困っていたら、完了まで運命共同体として付き合う。途中で挫折はしない——その姿勢が、次の仕事へ、次の現場へとつながってきました。
信頼を裏切らないために、もう一つ大切にしてきたのが、「安全」です。超高圧水を扱う現場は、一瞬の油断が大きな事故に直結します。そのため社員には、あえて時間をかけて設備の構造から学んでもらっています。そうして身についた確かな知識が、安全な仕事につながる——元請け様からの安全表彰や「ほかとは違う」という評価も、その積み重ねの証だと自負しております。
超高圧ウォータージェット工法の専業会社として、これからも九州・沖縄を拠点に、日本全国のインフラを支える技術集団として歩んでまいります。私たちにしかできない仕事で、社会のお役に立つこと——それが、私の務めだと考えています。
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